チラリと見える赤い糸(3)
【前回のあらすじ】
同じ葛藤を共有し、服装を認め合うことで心を通わせる。結局脱がないことを選び、次のレクで再会を約束するのだった。
メインタイトルが『チラリと見える赤い糸』、サブタイトルが『ジーンズと秘密の境界線』となります。
目次:
チラリと見える赤い糸――ジーンズと秘密の境界線
第ニ章 秋の微風(その1)
日常の生活を送る中で、初夏のレクレーションが夢なのではと思うことがある。
そんなときは、スマートフォンに保存された写真を見る。赤く染まり始めている空の下、デニムコーデの彼と私がはにかんだ表情で写っている。チラリと見える赤い布地、光るジーンズのボタン。あの日は現実だったのだ。
季節はめぐり、朝晩の空気が冷えるようになった。
秋の地域スポーツレクレーションの日がやってきた。空は一面青く晴れ渡っている。体感は涼しいものの風がなく、昼間は気温が上がるかもしれない。
初夏と同じ紺色のジャージとジーンズを穿いて、私は家を出る。確かなのは、彼も参加することだ。もっとも服装に関して、ハッキリと約束したわけではない。前回とは違った期待への緊張と、少々の不安が高ぶってくる。
会場の入口が見えてくると、赤いジャージにジーンズ姿の男性が目に飛び込んできた。私に気付くと遠慮がちに手を上げ、はにかんだ表情で軽く手を振って合図する。
私は彼のそばへ駆け寄った。自然と笑みがこぼれる。
「おはよう。また会えて嬉しいよ」
「おはようございます。私もです。あのジーンズ、穿いてきてくださったんですね」
「もちろん。ジーンズ以外の選択肢はなかったさ。もう朝は寒いから、ジャージも着てきた。それから……」
「ダメです!」
ジャージの裾をまくろうとする彼を、私は手で制した。
「どうして」彼はいぶかった。
「ジャージを脱ぐときまで、とっておきましょう」
「お楽しみは後に……。それもいいね」
ふたりで会場に入った。
会場はすでに多くの人がいる。前回同様、上下ジャージ姿やハーフパンツ姿が多い。ジーンズ姿は十人に一人程度の割合だろうか。
「この間よりも、ジーンズを穿いている人が多い気がするね」
「そうかもしれないですね。この間は緊張してて、あまり周りを見る余裕がなかったです」
「秘密の服装を共有しているのは、たぶん僕たちだけだよ」
苦笑しつつポケットに手を入れた彼を見て、無意識に同じ動作をしていた。ザラリとした生地に指が触れる。「僕たち」という彼のさりげない言葉に、独りじゃないと心強くなった。
ラジオ体操では彼と並んだ。リラックスして動きに合わせられる。腕を大きく回す動作の途中、隣にいる彼の肩越しの動きが視界に入る。伸びやかに腕を上げるたび、ジャージの袖が少しずつずり上がってゆく。真剣な表情なのに動きはどこか柔らかさがあり、不思議とこちらの節々までほぐれてくるようだった。前回よりも、こわばらないと体感できた一因かもしれない。終わる頃には全身が温まってくる。
彼は、ジャージの袖を肘までまくっていた。
「そろそろ、ジャージを脱ごうか」
「はーい」
ベンチの前で背中合わせになり、私と彼はジャージのファスナーに手を掛け、示し合わせたようにじわじわと下げていった。
脱ぎ終わってから正対する。上半身は体育用のTシャツだ。ふたりの視線は、自ずと双方の腰回りを捉えた。ラジオ体操の直後でジーンズがよりズレており、赤い布地――彼の丈の短い短パンと私のブルマーがふたりの想定以上に見えていた。
「少し横になりましょうか」
片方の足を半歩踏み出し、斜めに向き合う。サイドの白い二本線がクッキリと視認できる。
顔を上げると、微笑みあった。
「あなたが夏と同じ短パンを穿いてくるだろうか、ちょっぴり心配でした」
「隙間から見えるブルマーと君のジーンズ姿を見て、安心した」
私と彼はジーンズのウエストを整える。「今日も楽しみましょうね」と私が言うと、彼は優しくうなずいた。
最初の競技である百メートル走に、私はエントリーしていた。短距離走に挑むのは、たぶん高校生のとき以来だろう。
ベンチの前で片足屈伸や前屈運動を始めると、背中から彼の声が聞こえた。
「目標は?」
「転ばないことです」
「ずいぶん小さい目標だね」
「元々走るのは遅いですし、転ぶと汚れちゃいます。それだけは注意したくて。順位は気にしないけど、走るからには気を抜かないですよ」
背後の彼には、ウエストからブルマーが大きく覗いているに違いなかった。
「全力で走るときは、ジーンズを引き上げておいた方がいいかな」
振り返ると、彼は真顔だった。「走るときは、ね」
「そうですね。走るうちにズレる気がする。では、行ってきます」
「頑張って」彼は両こぶしを握りしめていた。私は小さくうなずいた。
小走りにグラウンドへ向かう間、一つ気がかりな点があった。自分と同じくジーンズ姿で走る参加者がいるか否かである。同士がいるよう願った。
集合場所にいる二十人ほどの女性のうち、ジーンズ姿は誰もいない。ジャージ姿やハーフパンツ姿・短パン姿の女性もいる。にわかに私は、エントリーした判断を悔いた。場違いの所に居合わせる、バツの悪さで一杯になった。
近くにスタッフの腕章を着けた女性がいる。私は声を掛けた。
「見てのとおりの服装ですけど、大丈夫でしょうか」
スタッフの女性は、私を見ると笑顔で即答した。
「心配しなくてもいいですよ。このレクレーションは誰でも自由に、気軽に参加できることがモットーです。今回はたまたま、あなたお一人だけですけれども、ジーンズで百メートル走に参加される方はいらっしゃいます。服装を気になさらなくても大丈夫です。楽しんで走ってください」
すると、そばにいた他の参加者たちも声を掛けてきた。
「私は一等賞狙いで短パンに着替えてますけど、自分らしくあれば、それでいいじゃないですか」
「そうですよ。あなたのジーンズ、お似合いです」
話しかける人たちは、温かい目をしていた。
「皆さん、ありがとうございます。気持ちが楽になりました」
私は頭を下げた。そうなんだ。さっき、楽しみましょうねと言ったばかりではないか。自分が楽しまないで、どうする。深呼吸をして、落ち着かせる。
私を含む五人が走る番になった。先に声をかけてくださった女性たちと一緒である。彼のアドバイスに従って、ブルマーがほとんど見えないくらいにウエストを引き上げておいた。その際、わずかばかりブルマーが食い込んだかもしれない。緊張で、ゴール地点が遠く感じる。
ピストルが鳴った。短パン姿の女性にみるみる引き離される。彼女の背中を追って、転ばないことを第一に腕を振り、膝に無理がかからぬよう足を進めた。脚の付け根にジーンズがまとわりつくのは想定内だ。思ったよりも重くはない。
様々な歓声に混じって「頑張れー」と叫ぶ声が、コースの中ほどで微風に乗って届いた気がする。きっと彼の声だ。
息を切らせ無事ゴールした。最下位だったけれど、目標は達成できた。トップは無論、短パン姿の女性である。その彼女と目が合った。
「おめでとうございます。さすがですね」
「フフフ……。ありがとうございます。いかがでしたか」
「自分らしく走り切れました。満足しています」
爽快な気持ちでベンチに帰ると、彼が「お疲れさま。いい走りだったよ」と出迎えてくれた。
「コースの途中で、あなたに似た声がしたような気がして……」
少し照れたように彼が笑う。
「気のせいじゃないよ。君が走っていくのを見てたら、つい声が出てた」
「そうだったんですね。聞こえて嬉しかったです。なんだか、背中を押された気がしました」
「ならよかった。僕の応援、届いたんだね」
彼は少し誇らしげに、ジーンズのポケットへ手を入れた。
走っている間に私のジーンズが下がり、ブルマーはウエストからチラリと見える状態に戻っていた。
「君とペアで参加できる競技をしたいな」
二人三脚にエントリーしたのは、彼の希望である。このスポーツレクレーションでは、男女ペアが参加する決まりだった。
「私、二人三脚を経験した記憶がないんです。初心者同然で、しかもぶっつけ本番で走れるでしょうか」
「何度か経験があるし、僕の言うとおりに動いてもらえれば、何とか」
「じゃ、あなたを信じます」
「任せてくれ」彼は力強く言い切った。
集合時刻が近づいてくると、彼は立ち上がって私に説明し始める。
「二人三脚のつもりで歩いてみよう。最初に外側の足から出して、内・外・内・外の順で歩く。あと、君の歩幅に僕が合わせるから」
「分かりました。まず外側の足……」
「そう、そう」
といった調子で、ゆっくりと集合場所まで歩いていく。私が一歩踏み出すと、彼が足並みを揃える。
競技は親子ペア同士のほか、年代の似たもの同士で争うこととなった。
私と彼は、二十代から四十代くらいまでの夫婦と思しきペアを含む四組で走る。
足を結びながら、彼は話し始めた。
「僕がイチ・ニ・イチ・ニと言うのに合わせて、外・内・外・内と足を出してね。それから外側の腕を振って、内側の腕は僕の腰に当てて。僕も君の腰に手を当てるから」
「腰、ですか」
「僕と君では身長差がある。肩に手を掛けるのは無理だ。腰が一番安定する」
彼の表情には、二人三脚を走り切りたい熱意しか読み取れなかった。
「……そうですね」
「若干早足になるけど、転ばないことを第一にするから。君のジーンズ、汚したくないしね」
「……」
足を結び終わって立ち上がると、彼の腕が私の腰元へ回ってきて、その手がジーンズとブルマーをガッチリ掴む。私は咄嗟にピクリと震えた。「怖がる心配はないよ」と彼が言う。
そうじゃないの。密接な距離で、腰に手を触れられたから……。私もこわごわと、彼の腰に腕を移動させる。短パンの赤とそれを覆う青の布地を指先でふわっとなぞる感触に、一体となれた喜びが湧いてくる。同時に、心臓の音が少し速くなってきた。
「しっかり掴んでね」と言う彼の表情が、少し引きつっているようだ。ジーンズと短パンを、しっかり掴み直す。
ピストルが鳴ると、彼の「イチ・ニ……」に呼応して足を外・内……と踏み出した。次第にスピードが増す。外側の腕を振り、同じペースで前へ進むことだけに集中した。呼吸が合ってくると、彼の声が少し息切れしてくる。内側のジーンズとインナーの擦れに彼の熱も伝わり、一体化するような気分になる。
いつの間にかゴールラインを越えていた。彼と目を合わせ、あっけなくて物足りなさすら感じる。振り返ると、ほかのペアは遅れて走っていたり、転んだ体勢を苦笑いで立て直したりしている。トップだ。
レースの緊張感が抜けると、腰回りに触れ、触れられた手の感触へ意識が集まってしまう。
「よく走れたね。一等でよかった」
「ええ。転ばなかったのも嬉しいです」
私と彼は至近距離で見つめ合い、会心の笑みで振り返った。
「足を解くから、しゃがもう」と彼が言い、互いの腰に当てていた手を離す。腰に添えられていた彼の手の温もりが、まだ残っている気がした。熱くなった頬を隠すように、私は髪を耳にかける。
「一等賞の景品がありますので、受け取ってください。おめでとうございます」
スタッフの方から「粗品」と書かれた白い袋をいただいた。ベンチに戻って中身を開けると、ボールペンが入っていた。
「記念だから、大事にします」
私はボールペンを包み込むように握った。
「僕は遠慮なく使うかな」
「使うのもいいですよね。替え芯もあるし、実用品ですから」
「それと……」
「え?」
「走っているときの、君の腕の感触。忘れないと思う」
「まあ……」
私と彼はボールペンをベンチに置くと、ジーンズのウエストを手直しした。
(続く)
※物語の構想・展開は、次のAIとの協働によります。
- ChatGPT
- Claude
- Gemini
- Grok
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