波音と、ジーンズの二人
海辺のホテルへ宿泊し、一年ぶりに二人で訪れた海。
彼はある決意を秘めていました。どんな思いで、彼女は見つめていたのでしょうか。
砂浜をめぐる、二日間のできごとです。
目次:
波音と、ジーンズの二人
燦々と陽光が降りそそぐ。
一年ぶりに彼と訪れる砂浜は、足下がほんのり温かく、思わず靴を脱ぎたくなるほどだった。
上半身はビキニの水着になっていた。一方で私の下半身は、まだジーンズを穿いたままでいる。
その下には水着を身につけているけれど、どうにも……心の底でまだ決心できなかった。
「暑いわ。そろそろジーンズを脱いで、海に行かない?」
踏ん切りをつけるつもりで、軽く言ってみた。彼の様子をチラリと見る。
何かを迷っているように、ジーンズのボタンに指をかけた状態で彼は固まっていた。
上半身は裸。細身の体にうっすらと汗が光っている。
その表情はどこか、ためらいがちだった。
「うん……でも、俺、今日は脱ぎたくないんだ」
そう言った彼の声には、自信の薄さに、頬を染めるような恥じらいが重なっていた。
私はすぐに気づいた。
彼のジーンズの下にある水着──派手で小さめのビキニタイプ。
数日前。今年は新しい水着にしたいという、彼の買い物に同行した。
「俺、自分を試してみたいんだ」──自らビキニタイプを選んだ彼の目に、強い決意が感じられた。
これまでのトランクスタイプとは違い、布面積が非常に少ない柄物で、物静かな彼の性格には合わないように思える。
だが彼の意思を尊重し、あえて私は異議を挟まなかった。黙々と実行するタイプの彼にしては、珍しいことだったから。
今回が初めての場だ。
彼の勇気を責めることなんてできなかった。
「わかったわ。ビーチパラソルの下で休みましょ。日焼けしたくないしね。あなたが水着になりたくないのなら、私もジーンズを脱がないわ」
彼の表情が、かすかに和らいだ気がした。
その瞬間、肩の力がすっと抜けた。
だって本当は、私もジーンズを脱ぐ勇気が出なかったから。
ビーチパラソルの下で、私たちは隣同士に座って、波を眺めていた。
海の音、子どもたちの笑い声、潮風の香り。そのすべてが、まるで映画のワンシーンみたいだ。
隣に彼がいるだけで、何も不安じゃなかった。
軽く肩を寄せると、彼が小さく「ありがとう」って言ってくれた。
――ありがとうは、私の方なのに。
私が無理せずにいられたのは、彼が無理しないでいてくれたから。
それって、すごく優しいことだと思う。
潮風が多少冷たくなってきた。
「そろそろ歩こうよ」
私は手を差し出す。
彼はジーンズ越しに砂を払い、そっとその手を取った。
お互いにはにかみながら、並んで波打ち際を歩く。
波が足首をさらりとくすぐるたび、ふたりとも思わず笑い声がこぼれた。
冷たさが心地よく、現実の輪郭がふわりとぼやけていく。まるで、夢の世界に足を踏み入れたみたいだった。
空が繊細なグラデーションに染まる。
オレンジから藍へと移ろう境界に、ひときわ小さな星がぽつりと瞬いている。
「夕日、きれいだね」
思わず足を止めると、彼も隣で空を見上げた。
無言のまましばらくの間、ふたりでただ眺めていた。
やがて、彼が低くささやく。声には硬さが感じられた。
「……君の方が、ずっときれいだよ」
私は驚くとともに、こそばゆくなった。彼の手を握り直す。肩に頭を預けると、彼が慈しむように髪を撫でた。
波の音が静かに寄せては返す。
そのリズムに包まれて、彼が私の髪に小さく口づけた。
彼の手が、ジーンズ越しに私の腰へ回る。布越しに伝わるぬくもりが、どこか安心感をくれた。
「ねえ……あなたが『水着にならない』って言ったとき、実は私、ちょっとホッとしたの」
「どうして?」
「自分だけじゃなかったんだなって。私も、水着だけで歩くのは抵抗があったの」
彼は一瞬ビックリしたような顔をしたが、すぐに温かい目で見つめ返す。
「ありがとう。そんなふうに言ってくれて。……君のジーンズ姿、すごく好きだよ」
私は笑って頷くと、指先でジーンズのウエストをなぞる。普段から、私がジーンズを穿いていると彼は褒めてくれる。
「ありがとう。ジーンズって、なんか……自分を守ってくれてる気がするの。大げさかもしれないけど、裸じゃないっていう安心感、大事だよね」
「うん、わかるよ」
さりげなく、彼が私の腰を引き寄せた。重なった手の下で、ジーンズの布が柔らかい音を立てる。
空はもうすっかり暮れて、あたりは徐々に夜へ染まり始めていた。それでも彼が隣にいてくれるだけで、不安なんてどこにもなかった。
ふたりだけの、魔法のような時間だった。
翌日の午前十時。
小さな宿をチェックアウトすると、ふたりは手を繋いで再びビーチへと戻ってきた。
私は上にビキニの水着、彼は上半身裸で、ともにジーンズ姿だ。彼と知り合って間もない頃、一緒にジーンズショップで買ったお気に入りの一本を穿いている。試着室からでてきた彼は「凄いしっくりくる」と顔をほころばせていた。私も試着してシルエットがよく、無理なく脚を通せると感じた。ふたりの時間を幾度も過ごしてきたジーンズである。
昨日と同じ砂浜だけど、いくらか違って見えた。
太陽は高く、空はまっさらに青い。
波打ち際では、小さな子どもたちが走り回っている。ビーチパラソルでくつろぐカップルも多い。食堂からBGMが風に乗って流れてくる。
私は目を細めた。
「今日は、ちょっとだけ勇気出してみようかな。大胆なビキニだけど……」
ふと、彼がそんなことを言った。
「え?」
彼は少し迷ってから、フッと小さく息をつき、ジーンズのボタンに指をかける。
私は胸がドキドキした。
彼が、頑張ってる。
頬を紅潮させて、彼はボタンを外そうとした。
その指先から、私は目を逸らせない。
彼がどこまでさらけ出せるか、結果を受け止められるか、私自身にも確かめたくて。
しかし彼は数秒の間、金属の縁を弄び続ける。
ボタンから指を離すと、彼はうなだれた。
「やっぱり恥ずかしいな……どうしても脱げない。優柔不断で、ごめん」
そう言って、気まずそうに私を見た。
微笑ましく彼を見つめながら、私は穏やかに言った。
「謝らなくていいの。あなたが脱ごうとした気持ちだけでも、すごいんだから。派手な水着より、スリムなジーンズだけのあなたって、とてもセクシーだし素敵よ。……私も、脱ぐ気持ちになれなくて」
昨日の夕暮れを私は思い返していた。あの時の彼と波音を、このまま大切にしておきたかった。
「そんなふうに言ってくれるなんて……ありがとう。ビキニもいいけど……やっぱり、君のジーンズ姿が一番好きかも」
「フフッ……何度聞いてもうれしいな。今日はこのまま楽しみましょ」
「日焼けするんじゃない?」
「……ちゃんと日焼け止め塗ったから、大丈夫。……ウフフ」
互いに腰へ手を回し、ジーンズに触れながらふたりで砂浜を歩き、キラキラと光る海をまぶしく見つめていた。デニム生地と彼の胸板に守られ、私は安らいでいた。
「どこか座ろうか」
広い砂浜を彼は見回した。朝早い時間だからか、まだあまり人がいない場所を見つける。海から少し離れた、サラサラした砂の上に私たちは腰を下ろした。ジーンズのおかげで、砂の熱さは気にならない。
私は膝を抱えて、波打ち際で遊ぶ親子をぼんやりと眺めていた。隣で彼も、同じように海を見ている。波の音が聞こえる、スローな時間が流れてゆく。
「ねえ」
ぽつりと、彼が声を落とす。
「さっき……脱げなくて、ごめん」
まだ少しバツが悪そうだったけれど、前日よりは素直に聞こえた。
私はジーンズ越しに、彼の太ももへ音をたてずに触れた。彼がその手を重ねてくる。
「謝らないで。あの水着、ちょっと大胆すぎるもの。躊躇して当然よ。それでも脱ごうとしてくれるなんて……。実を言うとね」
彼の目を見てから、私は柔らかく微笑んだ。
「昨日も今日も、海に来た以上は上も下も水着にならなきゃ、って度々よぎっていたの。『ジーンズを脱いで、海に行かない?』と昨日言ったのも、そんな気持ちからだった。自分を駆り立てようとしても……心が動かないのね。ボタンに指を掛けても、外す気になれない。だから、もう私はこれでいいんだって」
彼は真剣な眼差しで、耳を傾けている。
「それに……昨日も話したんだけどね」
私は一息入れてから、話を続けた。
「ジーンズを穿いてると、守られてる感じがするの。水着だけになるって、全部見せちゃうみたいで怖いわ。だから今日のあなたの姿、とても魅力的よ。脱がなくて正解」
彼は驚いた顔をして、しばし黙っていた。やがて、ふっと笑った。
「ありがとう。君もそうだったんだね。俺も、守られてたのかもしれない。……このジーンズに」
昨日よりも、少しだけ深く私に刻まれる一言だった。
彼は、ジーンズの前身頃に触れた。私も視線を落とす。ふたりのジーンズは時を経て適度に色が褪せ、風合いと愛着が増している。
私のジーンズの裾に波が少しかかる。裾についた砂を、彼が指先で丁寧に払う。その仕草が愛おしかった。
太陽の位置が更に高くなるにつれ、砂浜の影は短くなる。
「今度来るときはさ……」
遠い海の向こうを見ながら、彼が不意に呟いた。
「うん」
「一緒に海に入れたらいいね」
少しだけ、未来への希望が混じった声だ。
初めてふたりでこの砂浜を訪れた一年前も、彼はそう言った。記録的な冷夏で海に入るどころではなく、薄灰色に覆われた空の下、ジーンズを穿いたまま海を眺めていた。「海に来たのは失敗だったかな……風邪ひかないでね」ボソッとつぶやいた彼の言葉が忘れられない。「いつか、この日も思い出になるよ」そう応じた私はビキニの上にニットのカーディガンを羽織り、それでも肌寒かった。彼もTシャツを脱ごうとしなかった。
彼の肩に、私はふんわり頭を預ける。
「そうだね。……でも、またジーンズで過ごすかもよ」
「それでもいいよ。君といるだけで、俺は満足だから」
腰に回された彼の手が、包み込むように私を引き寄せる。彼の温かさが、ジーンズ越しに伝わってきた。
変わろうと背伸びしなくても、このままのふたりでいい――そう思わせる静かな幸福感があった。
でも、いつか一緒に、新しい一歩を踏み出す日が来るのかもしれない。
晴れ渡る空の下、私たちはジーンズ姿のまま、キラキラ光る海を眺めていた。少しだけ不格好で、少しだけ照れくさい、けれど心の奥がじんわり緩む最高な時間が、ずっと続けばいいと思った。
※物語の構想・展開は、次のAIとの協働によります。
- ChatGPT
- Gemini
- Grok
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