風をまとう白シャツ
春と夏の端境期を迎えた朝。
体感から夏に踏み切れなかった彼女は、この時季にこそ着たい服装で彼へ会いに行きました。
微妙な季節の一日を書いた作品です。
メインタイトルは『風をまとう白シャツ』で、サブタイトルが『春でも夏でもない日』となります。
目次:
風をまとう白シャツ 春でも夏でもない日
日差しが眩い初夏のある日。
予報では気温が二十五度に迫りそうで、今年の最高を更新するのは間違いない。
彼と会うのに、どんな服装にするか迷う。昨日までずっと着用してきた長袖から、半袖に変えるには躊躇するような体感だ。夏の気分へは、身体が待ったをかけているみたい。
半袖にカーディガンのような重ね着にしてもいい。でも、もう少し春の気分でいたいな。
長袖の白いブラウスとジーンズを穿いて、私は家を出た。春と夏の間で揺れる微妙な時季に、私服の白シャツを着たくなる。私はもちろん、彼の好きなスタイルでもあった。
街路樹が並び、木漏れ日が差し込む遊歩道を歩く。カラッとしている中にも冷気を帯びた空気と、新緑に包まれた空間が心地よい。
風で髪がふんわりなびいた。自然と髪に手を触れる。背中まである髪は、彼と知り合ってから変わらない。
ふと前を見ると、Tシャツ姿の彼が笑顔で手を振っている。いつの間に……
彼に近づきながら、胸のときめきが高まってくる。私は少し照れたように笑って話しかけた。
「私、今日は長袖なの。ちょっと肌寒いし……白いシャツとジーンズって、シンプルだけど、何となくシックな気持ちになれるから好きなんだ」
彼は私の服装をちらりと見て、すぐに優しくうなずいた。
「今日のコーデ、いいよね。爽やかだし、似合ってる。俺、そのシャツ好きだな」
「……そう? ありがとう」
さりげないやりとりだったけれど、言葉の一つひとつが胸に残った。
並んで歩いていると、風が流れて長い髪がふわっと顔にかかった。私は指先でサッと払いのける。
「髪、今日もきれいだね」
彼の声は穏やかだった。大げさじゃなくて、いつもどおりの、ちょっとはにかむような言い方だ。
「ロングは落ち着くんだ。何ていうか……自分らしくいられる気がして。ケアは面倒だけど、結局この長さに戻っちゃう」
「うん、すごくかわいい」
彼がすぐにそう言ってくれて、私は少しだけ微笑んだ。
ある冬の夜のことが、思い返される。
「髪、切ろうかなって。迷ってる」
ココアを飲みながら、不意に私は漏らした。本気ではなかった。反応を試したかったのかもしれない。
彼は少しだけ間を置いて、ぽつんとこう言った。
「……今のままがいいな」
想いを込めた言葉と、カップの縁を見つめる彼の切ない視線が、今も印象に残っている。私の気持ちを支えてくれるひと言だった。
だから今日も、背中まで届く髪をなびかせながら、彼の隣を歩いている。
遊歩道を歩くうち、木々の合間に置かれたベンチが空いていた。ふたりで腰を下ろす。春と初夏の間をすり抜ける風が気持ちよい。
「ちょっと歩いたら暑くなってきた」と、彼が額に手を当てながら笑う。
「やっぱり、半袖で正解だったかも」
「いや……白シャツも、正解だったよ」
そう言いながら、彼はチラリと私を見る。
視線を意識し、私は自分の髪に手を添えた。
風に揺らいだ前髪を整えようとしたとき、彼の手が一瞬伸ばしかけて、やめたように見えた。
私の髪に触れたいと、彼は思ったのだろうか。でも、そうしないところが彼らしい。
彼はうつむいて、もじもじしている。
「……髪、触ってもいいよ」
思わず口にして、私は頬が赤くなってしまう。
彼は驚いたような顔をしたが、すぐにふわっと笑った。
「じゃあ……ちょっとだけ」
そう言って、私の髪を指先ですくように撫でる。大切なものを扱うように。
「本当にサラサラだね」しみじみと話す彼の指先は温かい。
髪に触れる動きが優しく丁寧で、私は安心できた。一方で、胸の高鳴りを抑えることができない。
しばし沈黙し、平静を取り戻すと私は切り出した。
「さっき、ケアが面倒だと言ったけど、乾かすときって、洗う際と同じくらい髪の毛に愛情を注ぐ時間だと思ってるし、鏡を見ながら考え事するのにもちょうどいいひと時なんだよね」
「どんなこと、考えてるの」
「他愛ないことだけどね。仕事のことだったり、ご飯のことだったり」
「俺のこと考えたりする?」
「たまにね。いま何してるんだろ、とか」
「たまに、か。ま、思い出してくれるだけでもいいや」
「フフフ」
風に揺れた前髪が、彼のおでこにかかっていた。
「……こっちも、整えてあげる」
私は指先で、彼の髪にそっと触れた。前髪を直すふりをして、ほんの少しだけ近づく。
彼が動かずにいてくれて、うれしかった。
気づけば彼のまつげがこんなに長かったことも、ちゃんと見たのは初めてだったかもしれない。
「……整った?」
「うん。たぶん」
ふたりで目を見合わせ、笑った。
木陰のベンチで少し話したあと、私と彼は再び歩き出した。特に目的があるわけではない。ただ並んで歩くだけで、時間はなめらかに流れていく。
ときおり聞こえる鳥の声。木漏れ日の模様が、足元で静かに揺れる。
ヘルメットを着けてゆっくりサイクリングする親子連れや、散歩するお年寄りの夫婦、ジョギングする若い男性などと行き交ってゆく。
ありふれた午後を送る中、言葉にならない感情が私の胸に広がってきた。
彼の横顔を見ながら、ふと思う。
──こんなふうに、ただ並んで歩ける時間が、ずっと続けばいいのに。
気づかれないよう、私は少しだけ歩幅を遅くした。並ぶ距離がほんの少しだけ近くなる。
季節が変わるように、ふたりの関係も、いずれはどこかへ動いていくのだろうか。そんな予感が、ほんの少し胸を締めつけた。
「どうしたの?」
彼が私の顔をのぞき込む。
「ん……うん、春から夏へ移り変わるように、私たちの関係も動くのかな、なんて思っちゃって……」
私はごまかすように笑った。
彼は少考すると、キッパリ言った。
「きっと、季節がめぐるごとに、ふたりの関係は深まるんだ。いい方にね」
「……そうだね。そうだよね」
──私の気持ちを支えてくれる言葉が、彼からまたひとつ届いた。
しばらくして、公園の出口が見えてきた。
木々の間から差す光が、少しだけ傾いている。
「そろそろ、戻ろうか」
「うん」
「今度会うとき、どこ行く?」
「そうねえ……」
彼と帰り道を並んで歩く。汗ばむこともなく、長袖の白いブラウスとジーンズは私にとって正解だった。春の気分を満喫できたと思う。
今日の風の肌触りと、彼の隣で見た景色は、きっと私の中で静かに息づいていく。
※物語の構想・展開は、次のAIとの協働によります。
- ChatGPT
- Gemini
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